

1999年、8月。
28年後に比べれば幾分マシとはいえ、今の時期が暑いのはいつの時代も変わらない。
それはもちろん、不思議な力をもって戦う名探偵たちにとっても同じことだ。

「……ただいま」

まことみらい市に居る4人の名探偵のうちのひとり──森亜るるかは、げんなりとした顔で呟きながら玄関の扉を開けた。
黒い日傘をたたみながら普段よりもやや乱雑に靴を脱ぎ、足早に家の中へ入っていく。

「はぁ……涼しい」

リビングへの扉を開けると、冷房がよく効いた室内から心地の良い空気が流れ出して、るるかの頬を撫でた。
急いで部屋の中に入りこみ、倒れ込むようにソファに腰掛ける。
長い髪を鬱陶しそうに手で払い、首筋に溜まった熱気を逃がす。
ブラウスの首元をつまんで持ち上げると、汗のしずくが首を伝って胸元に流れていく。

そうしてひとまず涼んでいると、彼女の同居人がリビングに入ってきた。

「あ、おかえりるるか！　調査お疲れ様〜」
「くれあ……ただいま」

爽やかに笑いながらるるかを労う彼女──帆羽くれあもまた、この街を守る名探偵のうちの1人である。
今日は外回りの仕事を担当していたるるかに対し、屋内で資料をまとめていた彼女の額には汗一つ見えない。

くれあはソファで伸びているるるかの後ろに回ると、彼女の肩にそっと手を乗せた。

「暑い中大変だったでしょ。アイス作ってあるからね」
「ありがとう……嬉しい」
「ううん、こっちは楽させてもらってたし、それくらいしないと」
「ふふ……真面目ね」

先ほどまで暑さに苛立っていたるるかの表情が、ゆるゆると溶けていく。
それは大好物のアイスが待っているからか、大好きな相棒が側に居るからか──もしくは両方かもしれない。

一気に疲れが癒えたるるかは、ソファから立ち上がろうとしながら言った。

「さて……それじゃ、シャワー浴びてくるわね」
「あっ……ちょっと待って？」

るるかの肩に置かれた手に、少しだけ力が込められる。
彼女は予想外の抵抗に邪魔され、再びすとんと腰を下ろした。

「え……？　くれあ？」
「ごめんね、悪いんだけど、もう少しだけこうしててくれる？」
「良いけど……なんで？」
「まだもうちょっと嗅ぎたくて……」
「……え？」

あまりにも意外な言葉に、るるかは一瞬自分の耳を疑う。
彼女はしばらく呆然と固まっていたが、その内頭の後ろから小さな音が聴こえてくるのに気がついた。

それはほんの僅かな、空気が吸い込まれるような音。
文字で表すのならば……「くんくん」といった所だろうか。

「……くれあ？」
「うん？　どうしたの？」
「その……もしかして……今、頭のにおい嗅いでる？」
「うん。……あ、嫌だった？」
「嫌に決まってるでしょう！？」

両手で頭を抱えながら飛び退くるるかを、くれあはいつも通りの笑顔でなだめる。

「ごめんごめん、聞いてから嗅げばよかったね」
「そういう問題じゃない！　なんでいきなりこんなこと……！」
「それは……私、トップオブリリーの香りを嗅いで記憶が戻ったでしょう？」
「……！！」

その言葉を聞いて、るるかは怯んだように固まる。

彼女の言葉通り、くれあは少し前まで記憶を失っていた。
自分が探偵であることも、相棒の存在も忘れて日々を過ごしていた。
しかし、彼女の思い出に深く結びついた特別な花──トップオブリリーから作った香水が、その失われた記憶を呼び覚ましたのだった。

くれあは少し困ったような笑顔を浮かべながら、話を続ける。

「あの時、大半の記憶は思い出した……と思うんだけど、まだ確信が持てなくて。もしかしたら、思い出せてないこともあるんじゃないかなって」
「……それで、他のにおいも嗅いでみようとしたの？」
「うん。記憶と嗅覚は強い関係があるって言うでしょ？　また何か思い出すかもしれないから」
「それは……確かに」

話には納得した様子ながら、るるかは両手で頭を抱えたまま、くれあをにちょっと恨めしそうな目でにらみつけた。

「……だからって、私のにおいを嗅がなくたっていいでしょ」
「だって……るるかに関する記憶は、特に。全部、思い出したいから」
「っ……！」

くれあに真っ直ぐな目で見つめ返され、るるかは言葉を失う。
たまらず目を逸らしながら、彼女は頭に乗せた両手をゆっくりと下ろしていった。

「……せめて、シャワー浴びてからにして」
「だめ。それだと匂いが薄まっちゃうでしょ？」
「い……今、汗でべとべとなの」
「うん、だから良いチャンスだなと思って」
「…………」

るるかはしばらく不満そうに口をもごもごさせていたが、やがて観念したというようにため息をついた。

「はぁ……早く済ませてね」
「うん！　ありがとう、るるか」
「…………」

くれあに背を向けると、鼻を利かせる音が再び後頭部の方から聞こえてくる。
るるかは少しだけ頬を赤らめ、その無言の時間をじっと耐えていた。
鼻の音は後頭部からつむじの方へ、少しずつ位置を変えながら丹念に髪と頭皮のにおいを拾っていく。

「……まだ？」
「う〜〜ん……もう少しで何か思い出しそうな気がするんだけど……」

やがて、くれあの鼻は左耳の後ろあたりを重点的に嗅ぎ始めた。
彼女の頬に髪が触れる感触が伝わり、るるかは少し身を硬くする。
耳の裏に鼻の先と息がかすめるたび、小さく肩が跳ねる。

しばらくその時間が続いた後、ようやく満足したのか、くれあはむくりと身を起こした。

「終わった……？」
「うん……」
「……何か、思い出した？」
「そうね……ひとつ気付いたことがあって……確認したいんだけど」
「な、何……？」

いつもよりもやや低めで、真剣な様子の声にるるかは思わず身構える。

「……もしかして、シャンプー変えた？」

……思っていたよりどうでもいい質問に、るるかは力を抜きながら答える。

「……うん。変えた」
「やっぱり！　いつから？」
「ファントムのアジトに置いてあったやつが……結構髪に良くて。それから同じのを使ってる……」
「あぁ〜……そうなんだ。さっきからちょっとだけ何か、お花の……ハイビスカスみたいな？　知らない香りに邪魔されてる気がして……」
「……それで、思い出せなかったの？」
「……うん」
「そう……それは残念ね」

そう言いながら、るるかは少し安心したような表情で微笑んだ。
その顔がくれあに見られる前に、るるかは普段通りの無表情に戻り、再び立ち上がろうとした。

「……それじゃ、私はシャワー浴びてくるから」
「……待って！」

今度はやや強めに抑え込まれ、るるかはぽすんとソファに沈み込む。
彼女が呆気にとられている間に、くれあはソファを回り込み、彼女の正面に立ち塞がった。

「……体の方も嗅がせてくれる？」
「イヤ。絶対にイヤ」
「お願い！　汗の匂いなら余計な香りが混じることも無いでしょ？　それなら思い出せる気がするの」
「くれあ。人は汗のにおいを嗅がれたくないからシャワーを浴びるのよ……」
「でも……それでも、私のきらめきが嗅げって言ってるの！」
「あなた、それを言えば良いと思ってない？」

そうこう言い合っているうちに、くれあの手はいつの間にかるるかの両肩に添えられていた。
もちろん、強く抑え込まれているわけではない。
振りほどいて逃げるのはわけない──が、それは流石に少し角が立つだろう。

るるかはそのことに気が付くと、苦虫を噛み潰したような表情でくれあの顔を見た。
その表情は妙に真剣で、目には一片の曇りもない。

「〜〜〜〜っ……」

るるかは言葉にならない声をあげながらしばし逡巡していたが、やがて観念して口を開く。

「……やるなら早くして」
「！　……ありがとう！　アイス、追加で作ってあげるね！」
「いいから早くして……」
「……うん。じゃあ遠慮なく……」

くれあはるるかの胸元に顔を近付け、何度か鼻を利かせた。

「……全然臭くないよ。むしろ良い匂い……」
「感想は要らないから……」
「……もう少し、思いっきり嗅いでもいい？」
「う……うん……あっ」

彼女の鼻がさらに近づけられ、そのままブラウスの襟に触れる。
続けて頬、口元も布地の中に沈み込み、るるかからは彼女の表情を伺うことはできなくなった。

そしてくれあはるるかの胸元に顔をうずめたまま、大きく2、3度深呼吸をした。

「…………」

……その後しばらくの間、彼女は無言で固まっていた。
少し不安になったるるかは、小さな声で呼びかける。

「……くれあ？」
「……うーん。ごめんねるるか、もう少し続けてもいい？」
「え？　……うん」

くれあは顔を上げて上目遣いに彼女を見つめ、薄く微笑んだ。
そしてそのままゆっくりと、彼女の肩に添えていた手を胸元まで持ってくる。

「……え？　何して……」

自然な仕草でケープのボタンが外され、白いブラウスが露わになる。
くれあは当然のようにブラウスのボタンに手を伸ばすと、それも素早く外していった。

「やっぱり、服越しより直に嗅ぎたいなって。この後シャワー浴びるんだし、ちょっとくらい脱いでも良いよね？」
「い、いや、でも……ひゃっ！」

流石に止めようと手を伸ばしたところで、るるかは突然の冷たい感触に身を震わせた。
いつの間にかブラウスの内側に差し込まれたくれあの手が、薄紫色の肌着に触れている。

「下着までぐしょぐしょだね……こんなに汗かいてたんだ。ごめんねるるか、暑い中頑張ってくれて」
「ひっ……あ……」

そう思うなら早くシャワーを浴びさせろ──なんて、言葉に出して文句を言う余裕はない。
くれあのひんやりとした指先は肌着の上を這うように動き回り、時折いたずらのように脇や肋骨のへりを撫でる。
そのたびに、るるかは跳ねるように身を捩らせた。
辛うじてくれあの腕を掴んだ手にもほとんど力が入らず、されるがままになっている。

くれあはもう一度るるかの胸元に顔をうずめ、じっとりと湿った肌着に鼻を押しつけた。
そのまま大きく息を吸い込み、一拍置いて口から満足気な吐息を漏らす。

「はぁ……好き。この匂い……本当に好き」
「ひゃっ……ひ……」
「懐かしくて、ほんのり甘くて……」
「……や、やめ……」

るるかが力と声を振り絞って抵抗しようとした、ちょうどその時。
それまで気まぐれに動いていたくれあの指が、一度肌の上を離れてひとまとめに揃えられた。
そして細長い四本の指は、一枚の翅のような滑らかさで動き──

「……ちょっとだけ、ミルクに似てる」

──薄い肌着の上から、その奥にあるものの感触を確かめるように……ゆっくりと押し込まれた。

「──〜〜〜〜っ！！！」

反射的に声が出てしまっていた先ほどまでとは違い、喉の奥を絞り上げるような、声にもならない音がるるかの口から漏れる。
全身の筋肉が緊張し、背筋を反らして小さく痙攣する。
腕を掴んでいた手にも軋むほど力が入っていたが、くれあは気にする様子もなく鼻を利かせ続けていた。

「……そうだ、脇の下も嗅いで良い？　ここにも結構汗かいたでしょ」

るるかには既にその問いに答える余裕はなかったが、聞いた方も返事が返ってくることなど期待はしていなかっただろう。
くれあは掴まれていないほうの腕でるるかの肘を支えると、肩の上に押し上げた。
脱がしかけのブラウスにはじわりと汗の染みが広がり、その下の肌にはさっきかいたばかりの汗が滴っている。
くれあはそこに鼻を近付け、蒸れた空気を吸い込んだ。

「あっ……はっ！　はっ……いや、やめ……っ！！」

くれあの吐息が脇を撫でるたび、今度は耐えがたいくすぐったさがるるかの体を襲う。
緊張していた体が弛緩し、口からは笑っているかのような声が出る。

「んー……こっちも好き。ごめんねるるか、もう少し嗅がせて？」
「あはっ、いやっ、は……──〜〜っ！！」

くれあは空いた手を肌着の上に添え、再び軽く押し込んだ。
同時にるるかの体が跳ね上がり、声を漏らしていた喉が締め上げられる。

「はぁっ、あはっ！　は──っ！　……あ、ははっ！　はは、や、ん──〜〜っ！！」

片手で胸をマッサージするように触りながら、反対側の脇を吐息で撫で続ける。
そのたびにるるかの体は緊張と弛緩を繰り返し、喉から声が漏れては締め直される。

しばらくその繰り返しを続けた後、くれあはようやくるるかの体から手を離した。
ぐったりとした彼女の体は帰ってきた直後よりも火照っていて、額には汗が玉のように浮いている。

くれあはその様子を見て薄く微笑むと、力なくソファに体を預ける彼女を優しく抱きしめた。
そして汗の滴る首筋に顔を埋め、愛おしそうに口づけする。

「……くれあ……？」
「……ふふっ。可愛い……昔と全然変わってないんだね。良かったぁ」

くれあは顔を上げてるるかと視線を合わせ、にっこりと微笑んで言った。
汗で額に貼り付いた前髪を指先で優しく避けながら、ささやくような優しい声で続ける。

「……ごめんね。本当は最初に胸の匂いを嗅いだとき、全部思い出してたの」
「えっ……」
「前も、こういうことしてたでしょう？　私達」
「…………」
「……言ってくれたら良かったのに。寂しかったでしょ？」
「……そんなこと……」

気不味そうに視線を逸らするるかの紅潮した頬を、くれあは慈しむように指の背で撫でた。

「私がびっくりするかもしれない、って思った？　……ふふ、るるかは優しいね」
「…………」
「確かに思い出した時はちょっと驚いたけど……でも、嬉しかったよ」
「……え」
「私とるるかは、友達よりも、相棒よりも……もっと深いところで繋がってるんだな、って。そう思ったら、きらめきで胸がいっぱいになったの」

るるかはゆっくりと視線を戻した。
……改めてよく見ると、くれあの頬も彼女と同じくらい紅潮している。

「だから……勇気を出してみて良かった。大事な記憶をもう一つ、思い出せて良かった」
「……くれあ」

ふたりはそのまましばらく見つめ合っていたが、やがてるるかが目を閉じた。
くれあはそれを見て、ゆっくりと彼女に顔を近付け──

──思い返したように、再び顔を離した。

「……？」

るるかが怪訝そうに目を開けると、くれあは少しいたずらっぽい笑顔を浮かべてみせた。

「……キスのやり方は、まだ思い出せないの」

るるかは潤んだ瞳でくれあを睨みつけながら、両手を彼女の頭に回してぼそりと呟く。

「……ばか」

ソファの背もたれから、るるかの頭が離れる。
静かな部屋に、小さな水音が響いた。

ふたつの唇は一度離れて、間を置かずに再び重なる。
遠慮がちに差し出されたるるかの舌を、くれあはゆっくりと味わうように撫でた。
ぞくぞくと首筋に抜ける感触から逃げるように舌を動かすと、口の角度を変えて再び捕らえられる。
そうして追いかけっこを繰り返すたびに、口の端から漏れる水音が鼓膜を揺らす。

しばらくしてふたりが離れると、るるかは少し荒くなった呼吸の合間を縫って呟いた。

「はぁ……あなたって本当に……」
「……ん？　どうしたの？」

きょとんとした顔のくれあを見て、るるかは言いかけた言葉を飲み込む。

「……なんでもない。さ、シャワー浴びてアイス食べましょ」

……そうして立ち上がろうとしたるるかの肩を、再びくれあの手が押さえつける。
疲れ果てて体に力が入らないのか、るるかは3度目もやはり抵抗できずに、ソファへ腰を落とした。

「だーめ。まだ嗅いでない所があるでしょ？」
「は？　何を……」

困惑するるるかをよそに、くれあは彼女の前に跪くようにして床に腰を下ろした。
そしてその手がスカートの裾にかけられたとき、ようやくるるかは彼女の言っていることを理解した。

「……だっ、だめ！　それはやめて！」
「どうして？　汗とは違う匂いで別の記憶が戻るかもしれないでしょ？　ここも嗅いでおかないと」
「やだ！　絶対いや！　くさいもん！」
「大丈夫。スカート越しでも香ってるけど、全然臭くないよ？」
「っ！！　……もうっ！　あなたって本当に変わらない！！」

るるかはスカートの裾を必死に押さえていたが、ふるふると震える手ではもはやまともな抵抗ができるはずもない。くれあはめくれ上がったスカートの奥から漂う香りを思う様吸い込み、満足げな吐息を漏らした。

「はぁ……好き。この匂い好き……」
「もー……ううっ……」
「恥ずかしがらないで良いのに。可愛い……大好き。るるかの可愛い所、もっと見せて……」
「あ……やだ、やめて……」

ほとんど涙目で抵抗するるるかをよそに、くれあは彼女の恥部を守る最後の砦に手をかけた。

「……っ！！」
「わぁ……ふふっ」

無惨にも引きずり下ろされたそれにはべっとりと粘ついた液体が付着し、その液が溢れ出てきた場所と幾本もの糸で繋がっていた。
くれあは嬉しそうに目を細めると、彼女を惹きつける香りの源に向けてゆっくりと顔を近付けていった。

──まるで、蝶が花の蜜に引き寄せられるかのように。

「本当にやめて……！　汚いからっ……いや、やめ……〜〜っ！！」

声にならない声と共に、るるかの体がびくんと跳ねる。
彼女の口の中に残るくれあの舌の感触が、今自分の体の何処をどのようにそれが這っているのか──否応なしに脳へ伝えてくる。
その繊細で柔らかい舌使いは、先ほどのくれあの態度とは裏腹に決して強引ではなかった。
ただ優しく、ゆっくりと慈しむように──しかし一滴残らず味わいたいという強い欲望を確かに覗かせながら──外側から中心に向かって、少しずつ彼女の蜜を絡め取っていく。
そのたびに、るるかはお腹の奥を内側からさすられているような、電気を流されているような……ある種の暴力的な感覚に苛まれていた。
そしてそれはくれあの欲求が満たされるのにつれて少しずつ大きくなっていき、やがて全てを吸い尽くしたちょうどその時──るるかの体の中で、突然弾けた。

「………ぁ」

彼女の目の前に、稲妻のような光が舞い散る。
頭の中は真っ白に塗りつぶされ、その一瞬だけは──恐怖もプライドも不安も消え、ただ純粋に──蕩けるような幸せと愛情の中に包まれていた。

そして、その光がゆっくりと引いていくと……ぼんやりと狭まった視界の中心に、最愛の人の笑顔が見えた。

「……く……れあ……」
「ふふ……頑張ったね、るるか。えらいえらい」

彼女の腕に抱かれ、頭をぽんぽんと撫でられながら、るるかはまだ少しぼんやりとしていた。
自然と彼女の背中に腕を回し、その細い体を抱き締める。

「……やっと全部思い出せた。あなたの匂いも、声も、感触も、味も……全部」
「…………」
「ずっと寂しい思いをさせてごめんね。これからは私がいつでも……あ、痛……痛い、痛いよるるか？」
「…………」

探偵として活動するために鍛え上げられたるるかの腕は万力のような強さでくれあの体を締め上げ、その華奢な背中からはみしみしという音が聞こえてきている……ような気がした。

「……もしかして怒ってる？」
「……当たり前でしょう」
「ご、ごめんね……！？　もうしないから許して……！」

慌てて謝るくれあに対し、るるかは大きなため息をひとつついてから腕の力を緩めた。

「もう……だから思い出させたくなかったのに。やめてって言ってもやめてくれないから」
「だって……私のきらめきが続けろって言うから」
「だから、それを言えば許されるってものじゃないのよ？」
「……本当にごめんね。ちょっと調子に乗っちゃった」

くれあは少し上目遣いでるるかを見つめながら、照れたように笑って言った。

「久しぶりだったから……うれしくて、つい」

るるかは苦い顔でしばらく黙っていたが、やがてもうひとつため息をついて表情を和らげた。

「……今日は許してあげる。次からは気を付けてね」
「うん！　ありがとう、るるか！」
「どういたしまして。……じゃあ、手を貸してもらってもいい？」
「えっ？」
「……ひとりじゃ立てそうにないの」

恥ずかしそうに顔を背けながら差し出された手を、くれあはくすくすと笑いながら優しく握った。

「じゃあ、一緒にシャワー浴びよっか。その後アイス食べよう？」
「ん……ちなみに、何味が用意してあるの？」
「チョコミントと、ラズベリーと、バニラだよ♪」
「……ん、合格。ちゃんと思い出したみたいね、私の好み」
「もちろん！　るるかのことは全部知ってるから！」
「……そう」

素っ気ない返事をしながらも、るるかは嬉しそうに微笑んでいた。
……なんだかんだと言っても、彼女だって嬉しいに違いない。
くれあとの思い出がまたひとつ、戻ってきたのだから。



「……ところで、マシュタンとシュシュタンはどうしたの？」
「え？　……まだ奥で、資料整理の続きしてる……と思う」
「……後で、マシュマロとシュークリームも作ってあげなさいね」
「……そうだね。えへへ」



終わり







